鶏ちゃん講座&交流会「郡上の鶏ちゃん史を聞き、牧歌の里鶏ちゃんを楽しむ夕べ」を開催しました!(27.1.20)

2015年より奇数月の第3火曜日に「鶏ちゃん講座&交流会」を定例開催していますが、その第1回目として、「郡上の鶏ちゃん史を聞き、牧歌の里鶏ちゃんを楽しむ夕べ」を開催しました。

講師は、郡上・ひるがのの牧歌の里レストランチーフで、鶏ちゃん合衆国立羽ー鶏(はーばーど)大学教授である鷲見計憲さん

鷲見さんは、郡上白鳥のお肉屋さんの生まれで、精肉店27年、料理人22年のキャリアを持ち、郡上の鶏ちゃんの歴史をそのままご存じの方です。

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お話の概要は次のとおりです。

①昭和24年頃に郡上白鳥にト殺場ができ、そこで出てくる牛の内臓を朝鮮からの労働者の方が食べるようになっていたが、昭和33年頃になると、牛の内臓を味噌とにんにくで味付けしたものを「牛ホルモン」として焼いて食べるようになったこと。

②昭和34年頃から、ダムの建設工事の労働者が大勢入ってくるようになり、居酒屋や焼き肉屋が増え、牛ホルモンが急速に拡大していったこと。

③昭和36~37年頃になり、同じ味付けで、安く手に入るようになったニワトリ(親鶏)の肉や内臓を食べるようになり、「鳥ホルモン」と呼ばれるようになったこと。

④昭和48年頃から親鶏に加えて、若鶏も鳥ホルモンのために使われるようになったこと。

⑤昭和55年頃に、白鳥のト殺場の閉鎖に伴って、関に肉の買い出しに行くようになったことをきっかけに、関で広がっていた「とんちゃん」が入り始め、「豚=とん」、「鶏=けい」の連想から「けいちゃん」の呼び名が生まれたこと。(同じように鴨肉は「かもちゃん」と呼ばれていた)

⑥鷲見さんのお店でも、平成2年頃から鳥ホルモンを「けいちゃん」として販売するようになったこと。

郡上では今でも鶏ちゃんを「鳥ホルモン」と呼ぶことがありますが、その歴史をきちんと明らかにされた貴重なお話でした。

当日提供した鶏ちゃんは、鷲見さんが開発された牧歌の里の3種類(塩バジル、ごまみそ、ごまみそピリ辛)を楽しみました。特に最近、女性に大人気の塩バジル風味の鶏ちゃんについて、最初は疑問の声が多く、なかなか理解されなかったが、販売が始まると大好評で、人気商品になったというエピソードが紹介されました。

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参加人数は25名。和気あいあいとした楽しい交流会でした。

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